2026.4.24 4月月次会 「桐生倶楽部と桐生聖書研究会」
4月月次会開催 『桐生倶楽部と桐生聖書研究会』
4月の月次会は『桐生倶楽部と桐生聖書研究会』と題して、共愛学園長の大川義(ただし)さんから講演をいただきました。大川さんは桐生倶楽部の副理事長、名誉社員であった大川英三(ひでぞう)さんの孫にあたります。また、母方の祖母、日永ノブさんは内村鑑三の長女です。(以下敬称を略します。)
大川英三は大正11年2月に桐生倶楽部に入社。その後、桐生倶楽部会館の旧会議室(現在はロビーとなっています)を主に使用し、第2次世界大戦中を除き戦前、戦後40年以上にわたり毎週末、聖書研究会を開催してきました。
講演の前半では桐生聖書研究会形成の経緯とその歴史が語られました。小俣教会でキリスト教に傾倒していた大川英三は小俣から荷車で織物を桐生に売りにやってきた或る日、味噌などを店先で売っていたミスズヤの店の奥の棚にダンテの神曲3冊があるのを発見し、直ちに購入。これが機縁となって店主の竹内寛治と知り合い、内村鑑三の発行雑誌『聖書之研究』を竹内と購読。一方、新潟県出身で横浜共立神学校へ進み、小俣の教会に伝道師として派遣された中村ゑいと大川は小俣教会で出会い、住谷天来の司式で結婚しました。そして大川、竹内、中島を中心とした桐生聖書研究会が始まります。その後、内村鑑三の長女、日永ノブが加わり、研究会の長い歴史が始まり、現在も桐生市内で毎週末大川さんが主宰して開催されています。
後半は、桐生倶楽部とのかかわりを当時から昭和50年代にかけての写真を通してお話しいただきました。クリスマス祭や結婚式、研究会の様子など倶楽部会館の様子がわかる貴重な写真を見せていただき、参加者は見入っていました。大川さんは大川英三が桐生倶楽部で始めたクリスマス祭とクリスマス会が倶楽部において現在も毎年同じやり方で行われていることに感動していました。
講演にあたり大川さんは倶楽部の五十年史と旧会報の1号から40号までを丹念に読み調べたとのことです。また、AIも駆使しながら、大川英三の倶楽部での活動と貢献をまとめられ、当日参加者に配布してくださいました。桐生倶楽部の歴史の一端を知る貴重な講演を熱心にしていただいた大川さんに深く感謝を申しあげます。
月次会参加者数40名(一般公開) 担当:彦部篤夫、村田勝俊(文化財研究委員会) (村田勝俊 記)

